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こんばんわくわくめーる ハッピーメール


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良い供養
じーさんが老衰で死んだとき親戚一同じーさんの棺桶の前で麻雀しながら夜明かしした。
じーさん麻雀好きだったから。葬儀をした寺の住職もじーさんの友達だったから多めに見てくれた。

一番可愛がられてた従兄弟がバシバシあがり続け、じーさんが勝たしてくれてるのかなあと棺桶開けてみたら
じーさんの首がみんなの方を向いていた。みんな爆笑しながら首を戻した。
だんだんみんな盛り上がってきて酒が足りないと始まり、当時4歳だった弟を祭壇によじ登らせて祭壇の上に飾ってあった一升瓶を取らせた。空瓶戻して置けばわかんねwとか言って。
弟がロウソク倒してじーさんの棺桶にかけてた布が焦げた。

慌てて消して目立たない向きにかけ直した。じーさんここで火葬かよってまた棺桶開けたら
戻した首が再びみんなの方に向いて薄目開けてた。ほんとに笑ってるみたいだった。
しかも明け方酔っ払った親戚が寺の襖の前でよろけて襖ぶち抜いた。
じーさんのロウソクがバフバフ燃えて、みんなで笑った。
翌日住職さんに襖弁償しますと言ったら、じーさん喜んでたことに免じて許してくれた。


携帯からPCに変えたのでID変わってますが>>132です。
正直DQN認定される話かと思いつつカキコしました。
じーさんは、酒が好きで麻雀やら花札が好きで、
ユーモアもあって豪快でかっこいい明治最後の男でした。
従兄弟とよくじーさんの花札の札捌きを真似して練習したもんです。

不謹慎な言い方かも知れませんが、じーさんがこの世の名残に
一族集めて大宴会を催してくれた、という感じの葬儀でした。
通夜当日寺には40組の布団を用意していたのですが
飲むのが弔いだとばかりに親戚から友人知人どんどん酔いつぶれて
告別式の朝確認したら約70人が雑魚寝していました。

俺もこんなじーさんになりたい。




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良いことをなさった
携帯からスマソ。
私が中学の時体験した話を書きます。

私の中学生の時はまだ“不良”がカッコイイって時代で私もその中の一人でした。
いつも数名の仲間と帰路につき、家の近くの神社に溜り酒を飲みながら騒いだりしていました。
その日もいつもと変わらず数名の仲間とともに午後からの授業をサボり神社に向かったのですが、鳥居の前に見慣れぬ猫が居たのです。
その時は見慣れぬ猫がいるな。程度で見たのですが、何故か気になり私は鳥居の前の猫に近寄って行きました。
最初仲間は私を待ってくれていたのですが溜り場に行ってると言い残しその場を去りました。
私は猫が動かないのを不審に思いました。目で威嚇はしてくるのですが自分の力では立ち上がれないって感じでかなり衰弱しているようでした。

しばらく見ていたのですが猫からは“諦め”といったような悲しいものを私は感じました。

そんなこんなで猫のもとを離れられずに居たのですが、私の到着が遅いという事で仲間二人が様子を見にやってきたのです。

その二人の仲間も猫の様子を一目見て何か感じるものがあったのでしょう。少し三人で話し合い、近くのスーパーから段ボールをもらってきて猫を連れて動物病院に行きました。



診察をしてもらったのですが中学生の財布に普段入ってる金額なんて、たかがしれてます。3人で3千円ちょっと。ガラスごしに見ていると点滴もしているようだし何か飲ませているし内心治療代が足りないのでは無いかとヒヤヒヤしてました。
一通り治療が終わり獣医が私達の元へ来て誰か持ち帰り世話をしてくれないかと言ってきました。
三人の中で家に動物を入れれるのは私の家だけ。少し悩みましたが私が引き取る事になりました。
しばらくして猫を連れてきた獣医に代金の話をすると、黙って集めた金を受けとりその金額分のペットシートや猫用のミルク、ミルクを与える時に使う注射器や、保温マットを持ってきてくれ、明後日話をしたいから来てくれと言われそれらを渡されました。

獣医に頭を下げ、感謝しながら帰ってきた事を覚えています。

私達は良くなったら里親を探そうなどと話をしながら別れました。
家に帰ってきてからは毛布やタオルで猫の寝床をつくり絶えず猫から目を離さずにしてました。
夜も寝ずに猫の嘔吐物を片付けたりしてました。

次の日、薬が効いたのか嘔吐する時以外昏睡状態だった猫が鳴いたり少し動いたりするまでに回復したのです。


その日は学校に必ず来いと言われていたので、猫が不安でしたが学校に向かいました。

しばらくしてから家に残った母が不思議な体験をしたようなのです。母が言うには私の部屋から話声がしてきたと。
いつものように私がサボり帰ってきたのかと私の部屋に向かうとどうやら独り言みたい。“ありがとう”と、何度も誰かが呟いていると言うのです。
ドアを開けると猫しか居ない。流石に不気味になり母も出掛けたそうです。

夕方私が帰宅すると寝たきりですがミルクを催促できるまでになった様子。ミルクを与えしばらくすると眠りました。

中々起きないので二時間後に触ってみると少し固い…。最初は気のせいと思っていたのですがみるみるうちに体中が固くなっていった。必死に体をさすったがもう遅かった。
猫が苦しみ始め私は見るに絶えず腕の中に抱えました。それから数分後…私の腕の中で最後の鼓動をひとつ打って死にました。

私はとても泣きました。仲間に電話をして謝りました。自分が情けなかった…。

次の日は獣医と約束した日。約束通り病院へ行くと獣医から事実を聞かされました。“あの猫は老衰だった。助かる見込みはなかった。”獣医はその日に死ぬと見ていたそうです。


私は事実を聞かされショックで獣医にすがり泣きました。なぜ、助かる見込みがないのに預けたんだ。なぜ、もっと早く話してくれなかったんだ。それがわかっていたなら心構えが出来ていたんだ。って。


動物病院から歩いて帰ってくると神社にあの二人の仲間がいました。

三人で猫を埋め線香立て、私の部屋に戻ってくると静かに母が入ってきてあの体験を話してくれました。

それを聞かされるまで私は正直猫との出会いを悔いました。なぜ出会ってしまったのか。なぜ気にとめず通り過ぎなかったのか…。その時の私にはとにかく悲しすぎた。



私は今になって思います。あの出会い、そして母が体験した出来事。幼い私が小さな命が消えた事に素直に涙を流せ思った事。全てが小さな私を少しだけ成長させてくれた。


今書きながら心から思う。自らの命を捧げ一つの命の重みを私に教えてくれてありがとう。
このたった二日だけの出会いは今の私の原点です。


長文・駄文失礼しました。





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タイトル:心霊写真ランキング第一位


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[1] 07/02/25 19:37 秒刊名無し
 ・・・。

[3] 07/02/25 19:46 秒刊名無し
 よく見ろ
後ろ後ろ

[4] 07/02/25 19:54 秒刊名無し
 何かこれ開いたとたん急に上から暖かい風くるなと思ったらエアコンが勝手についてたんだけど。

[5] 07/02/25 20:10 秒刊名無し
 へー
最新型だね

[6] 07/02/25 20:47 秒刊名無し
 皆釣られるな
ホントは左上の子だ!!!

[7] 07/02/25 21:12 秒刊名無し
 いや本当はこの海自体が霊なんだ

この子は動物園で撮影したはずなんだ



[9] 07/02/25 21:35 秒刊名無し
 7>>なんで水着なんだよw



[11] 07/02/25 21:52 秒刊名無し
 本当は、この中央の女の子が心霊なんだろ。

[12] 07/02/25 22:40 秒刊名無し
 つか、この程度の説明なら誰でも出来る罠

[13] 07/02/25 22:55 秒刊名無し
 後ろで誰かしゃがんでるだけだろww




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恩人からの留守電
ちょっといい話ってことでカキコします。
俺の仕事、実を言うと自衛官なんだよ。んでこないだまで
ちょっと遠くの海まで行ってた。
出港前から俺の恩人の体調が悪くて、余命が半年とかって
事だった。ちなみに、航海の期間は約半年、帰ってきたときは
生きているかどうかもわからない。でも仕事だし、なによりも
その恩人に「行って来い」って病床から励まされた。見た目は元気そう
だけど、体には沢山のチューブが付いてたのを覚えている。
出港の前日、制服を着て挨拶に行くと、寝てた。

起こすと悪いと思ったので、手紙を書いておいてきた。今となっては
ちょっと後悔する。
次の日、出港した。家族と入院中の恩人の家族の見送りを受けて船は出た。
何度も出港はあったけど、そのときは何故か泣きそうになった。

目的地までは遠く、何度か港に入り、補給を受けながら目的地を目指す。
しばらくして、目的地に到着。360度、海と空だけで甲板は茹だる程の
暑さ。もちろん、携帯の電波も入らない。
甲板はもちろん鉄なので照り返しも激しく、外に出るときは帽子とサングラス
が手放せない。そんな状況だったので体力の消耗が激しく、寝込むヤツも
多かった。


そんなこんなあって、やっと帰国の途についた。
やっと帰れるって思ったら。恩人の病状が気になった。
遠くまで行く場合は近況報告とかビデオレターって形で個人メールとか
出来るんだけど、それを見る限りでは病状はよくないみたいだった。
早く帰って顔を見たいと思うけど、遅々として進まず。
しばらくして、日本の領海内に入り、陸が見えた。やっと携帯も使える
範囲に入ったので、外に空気を吸いに行くフリをして携帯チェックする。
友人からの励ましメールとか見ていると留守電の表示が目に入った。
着信先は恩人が入院中の病院、留守電を再生すると恩人からだった。
元気か、手紙は読んだ。お前には20年近く書道を教えてるが相変わらず
字に落ち着きが無い そういったメッセージが入っていた。

最後に、それから、帰ってきたらお前の帽子をくれ、土産はそれでいい。
じゃあ、元気で頑張れよ。というところで切れた。録音日時は一ヶ月前。
翌日、入港。大急ぎで荷物をまとめ、船を下りると家族と一緒に恩人の
家族が出迎えに来ていた。恩人の家族が何かを持っていた。遺影だった。
俺が出港前日、病院に行ったとき寝ていたのではなく、昏睡だったらしい。
それから一度も意識を戻すことなく、眠ったまま息を引き取った。
昼寝が好きで子供のころから20年以上世話になった書道の先生でもあり
人生の先生だった。


その日は実家に帰らず。恩人である先生の家に泊まった。
仏壇に手を合わせ、家族に俺の携帯の留守電を聞いてもらった。
録音日時は先生の亡くなる前日だった。

その留守電の通りに先生の遺骨の入った骨壷に俺の部隊帽を被せて
先生、無事に帰ってきました。死に目に会えず。申し訳ありません。
と心の中で言った。
汗臭い帽子だな。まあ、ご苦労さん。先生の声でそう聞こえた気がした。


長いし、駄文でごめんなさい。ありがとうございました。



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ウルトラセブンの心霊写真
とうとう結婚しないまま60歳になってしまった美千代さんからの投稿心霊写真です。

とうとう結婚しないまま60歳になってしまった美千代さんのコメント

とうとう結婚しないまま60歳になってしまいました

私の生涯で唯一の心霊写真を投稿します。


ウルトラセブン

クリックすると拡大してみる事が出来ます。

コメント :貴重な心霊写真の投稿ありがとうございます。

これって、ウルトラセブンの心霊ですか?

凄いですね。

60才まで独身を貫かれたんですね。

もう結婚は困難でしょうが、残り余生を

楽しんで下さいね。





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